マクロレンズって何やら特殊なレンズというイメージがあります。
昆虫の世界をのぞいたり、花弁を撮ったりする、何やら特殊なイメージを得るためのレンズ。
そんな印象がありますね。
しかし、マクロレンズは普通にも使えるのです。
普通にスナップを撮ったり風景を撮ったりポートレートを撮ったりもできます。
というかむしろ「普通」にこそ使いましょう。
実際、マクロレンズは普通のレンズよりも被写体に「寄れる」という特徴があるだけで、普通のレンズと大して変わりはありません。
設計の力点を近接撮影の描写に置いているとも言われますが、無限遠で撮ったとしても別に何の違和感も不都合もありません。
そしてこの「寄れる」ということが、普段の撮影において、実に大きなアドバンテージとなります。
結局、普段の撮影においてマクロレンズを使う理由は、この「寄れる」、すなわち「最短撮影距離が短い」という点に尽きます。
マクロレンズを買ったからといって、なにもアリの世界をのぞき込んだり、花びらをのぞき込んだりしなくてもいいのです。
マクロレンズは、そんな「マクロマクロした写真」に興味がない人にも、実はオススメなレンズです。
マクロはむしろ、普通に使う場面において真価を発揮する。
今回はそんなお話です。
目次
マクロレンズの特徴
マクロレンズの特徴。
それは1つだけ知っていれば十分です。
その1つとは、被写体に「寄れる」ということです。
「寄れる」とは、最短撮影距離が短いということ。
つまり、被写体にぐんぐん近づいてもピントが合う、ということです。
最短撮影距離とは
逆に言うと「え?普通のレンズって被写体に寄ったらピントが合わないの?」と思われるかもしれませんが、その通りです。
レンズのスペックの1つに「最短撮影距離」というものがあります。
「ピントが合う最短の距離」ということです。
カメラ(レンズ)というものは、どんなに被写体に近づいても、どこまでもピントが合うわけではなく、スペック上ピントが合う最短の距離というものが決まっています。
以下は、キヤノンの一眼レフの交換レンズの例です。
EF135mm F2L USM
画角(水平・垂直・対角線) | 15°・10°・18° |
---|---|
レンズ構成 | 8群 10枚 |
絞り羽根枚数 | 8枚 |
最小絞り | 32 |
最短撮影距離 | 0.9m |
最大撮影倍率 | 0.19倍 |
フィルター径 | 72mm |
最大径×長さ | φ82.5mm×112mm |
質量 | 750g |
EF24mm F1.4L II USM
画角(水平・垂直・対角線) | 74°・53°・84° |
---|---|
レンズ構成 | 10群13枚 |
絞り羽根枚数 | 8枚 |
最小絞り | 22 |
最短撮影距離 | 0.25m |
最大撮影倍率 | 0.17倍 |
フィルター径 | 77mm |
最大径×長さ | φ83.5mm×86.9mm |
質量 | 650g |
キヤノンHPより
ちゃんと「最短撮影距離」というものがスペック表にも書かれていますね。
135mmのレンズでは「0.9m」24mmのレンズでは「0.25m」です。
これはすなわち、これより近い距離だとピントが合わなくなる、ということです。
別の言い方をすれば、撮影はできるけどピントは合わないよ、ということです。
ですから、ボケた写真でよければ撮影は可能です。(その際はオートフォーカスは切りましょう)
最短撮影距離の「望遠レンズ」と「広角レンズ」での違い
そして最短撮影距離は、望遠レンズの方が長く、広角レンズのほうが短いですね。
135mmのレンズでは0.9m、24mmのレンズでは0.25mでした。
しかし、スペック表の「最短撮影距離」の下に書いてある「最大撮影倍率」はそれぞれ0.19倍と0.17倍で、大して違いがありません。
つまり同じ倍率で写す場合、望遠よりも広角のほうが被写体に近寄らなければならないということです。
これはポートレートなんか撮っていてもその通りですね。
人の顔を撮る場合、画面内で同じ大きさに収めようと思ったら、望遠よりも広角のほうが被写体に近づかなければなりません。
参考:ポートレートに最適なレンズが「中望遠」に落ち着いてしまう理由
これらの顔の大きさは、みな大体同じ大きさに写されていますが、カメラマンの立ち位置は広角のほうが近く、望遠のほうが遠いわけです。
立ち位置を変えることによって、画面内で同じ大きさになるように調整しています。
このあたりの話はこちらの記事も参考になります。↓
「最短撮影距離」と「ワーキングディスタンス」の違い
ちなみにこの「最短撮影距離」は、カメラのセンサー面からピント面までの距離です。
レンズ前面からピント面までの距離は「ワーキングディスタンス」という別の言い方があります。
ワーキングディスタンスは「実際の撮影」において、大事な意味を持ちます。
なぜなら、どんなに最短撮影距離が短くても、ワーキングディスタンスが確保できなければそもそも撮影が不可能だからです。
レンズに被写体がぶつかってしまって、物理的に撮影が不可能となるわけです。
そして、広角レンズでは望遠レンズに比べて、ずいぶん被写体に近づかなければ同じ倍率で写せませんでした。
24mmのレンズの最短撮影距離0.25mなんて、ワーキングディスタンスにしたら数cmです。
ほとんど被写体にぶつかりそうな勢いです。
それでいて倍率は0.17倍です。
ですから、マクロレンズの焦点距離は、しっかりワーキングディスタンスの取れる標準~望遠が基本となります。
最大撮影倍率とは
そして「最大撮影倍率」とは、実物の大きさをどの程度の大きさでセンサー上に記録するかというその比率です。
例えば実物が1cmのものを、センサー上でも1cmで記録できれば、それは撮影倍率1倍、つまり「等倍」ということです。
1cmのものを5mmで記録できれば、0.5倍(1/2倍)、1.9mmで記録できれば0.19倍で、1.7mmで記録できれば0.17倍です。
そして、「マクロレンズ」と呼ばれるものは、この撮影倍率が、だいたい0.5倍〜1倍のものを言います。
以下は、キヤノンの一眼レフ用交換レンズの100mmマクロの例です。
EF100mm F2.8Lマクロ IS USM
画角(水平・垂直・対角線) | 20°・14°・24° |
---|---|
レンズ構成 | 12群15枚 |
絞り羽根枚数 | 9枚 |
最小絞り | 32 |
最短撮影距離 | 0.3m |
最大撮影倍率 | 1倍 |
フィルター径 | 67mm |
最大径×長さ | φ77.7mm×123mm |
質量 | 625g |
手ブレ補正効果 | 通常撮影距離領域:約4段分※1 マクロ領域0.5倍撮影時:約3段分※2 マクロ領域等倍撮影時:約2段分※2 |
キヤノンHPより
最大撮影倍率1倍となっています。
そして当然ながら最短撮影距離も0.3mと、焦点距離100mmにしてはずいぶん短くなっています。
マクロレンズの特徴まとめ
マクロレンズの特徴をまとめておきましょう。
- 普通のレンズよりも被写体に寄ってもピントが合う
- その結果画面内に被写体を大きく写すことができる(0.5~等倍)
- 焦点距離は、しっかりとワーキングディスタンスの取れる標準~望遠が基本
普通のレンズよりも被写体に近づくことができて、その結果被写体を大きく写せる、ということですね。
「ピント」と「レンズの繰り出し量」と「明るさ」の関係
ここで、「ピント位置」と「レンズの繰り出し量」と「センサー面に届く光の量」の相関関係について確認しておきましょう。
「ピント」と「レンズの繰り出し量」の関係
写真の「ピント」というものは、レンズを前に出せば出すほど手前に合います。
実際、大判カメラなどの蛇腹式のカメラは、レンズ自体にはピント合わせの機構は付いていません。
単純に「レンズ自体」を前に動かしたり後ろに動かしたりしてピントを合わせます。
エクステンションチューブについて
そして、レンズがボディに固定されてしまう35mm一眼レフでも、「エクステンションチューブ」なるアタッチメントがあります。
またの名を「接写リング」「中間リング」とも言いますが、これはレンズとボディの間にリングをかませて、物理的にレンズを前に出してしまうという、ただそれだけの代物です。
単純にレンズを前に出すだけで、ピントがより手前に合ってしまうのです。
これによって、(ほぼ)どんなレンズでもマクロレンズに早変わりという便利な代物です。
これさえあればマクロレンズはいらないんじゃないかとも思いますが、そうでもありません。
エクステンションチューブの注意点
一般的にレンズは設計上、本来写らない範囲である最短撮影距離以下の近接範囲の画質は考慮していません。
そこを写すとなると、当然画質は落ちます。
マクロエクステンションチューブは、最短撮影距離より短い撮影距離での撮影のためレンズ本来の性能が発揮されない撮影領域での使用となります。
富士フイルム デジタルカメラ Q&A
それは、マクロレンズがスペック上本来写る範囲となる無限遠の画質に考慮するのとは対照的です。
マクロは近接の画質を大切に設計されますが、スペック的に無限遠も写る以上、無限遠の画質を無視するわけにはいきませんので、そちらに対する配慮も当然あります。
そのためにフローティング機構という撮影距離の違いによる収差の違いを補正する機構を組み込んだりもします。
そしてもう1つ。
エクステンションチューブによって本来のレンズのスペックより手前にピントが合うようになりますが、逆に遠景にはピントが合わなくなります。
元のレンズの「全ピント範囲」をソックリそのまま手前に移動するという感覚ですね。
手前にピント範囲を広げるぶん、遠景のピントも手前に移動してしまうわけです。
つまり、手前のピントと奥のピントがトレードオフになっています。
中間リングは必ずしも万能ではなく、マクロレンズが存在する理由はちゃんとあるのですね。
「レンズの繰り出し量」と「明るさ」の関係
次に、レンズの繰り出し量と光量の関係について。
ピントを「より手前に合わせる」ということは、レンズを「より前に出す」ということなので、それはつまり、レンズが「よりセンサーから離れる」ということです。
それによって、必然的にセンサーに届く光の量が少なくなります。
「窓がある部屋」を想像してもらえればわかりますが、窓から近いほど明るく、窓から遠ざかるほど暗くなりますね。
同じくレンズからの光も、物理的に距離が近いほど明るく、遠ざかるほど暗くなります。
つまり、レンズを前に出せば出すほど(近接撮影になればなるほど)センサーに届く光の量は少なくなるので、露出をプラス方向に補正する必要があるわけです。
その補正の度合いは「露出倍数」と言い、大判カメラ等、蛇腹式カメラによる撮影では、レンズの焦点距離と蛇腹の繰り出し量によって、露出を「何段明るくする」というのが決まっています。
露出倍数については35mmカメラのマクロレンズでは、インナーフォーカスやリアフォーカスが採用されていて、撮影距離の遠近とは必ずしも一致しない場合もあります。
しかし「手前にピントを合わせるほど露出が落ちる」というのは、35mmカメラであっても留意すべき点です。
基本近接は露出が落ちる、ということは覚えておきましょう。
近接撮影はタダでさえブレやすくピントも合わせにくいのに、その上さらにシャッターを遅くするか絞りを開ける必要があるわけです。(まあISO感度で調整してもいいですが)
三脚必須と言われるゆえんですね。
「普通の撮影」で使うマクロレンズ
さて、マクロレンズの特徴を理解したところで、このレンズを普通の撮影における交換レンズとしてラインナップすることの意味を考えてみましょう。
一般的にマクロレンズの焦点距離は、標準〜望遠になります。
そして一般的な撮影においては、だいたい「広角」「標準」「望遠(中望遠)」とレンズをラインナップさせますね。
その「標準~望遠(中望遠)」枠のレンズをマクロにしてはどうか、というのが今回の提案です。
「明るい」を取るか「寄れる」を取るか
普通の撮影において単焦点レンズを選ぶ場合、マクロと非マクロの選択は、ほとんど「明るい」レンズを取るのか「寄れる」レンズを取るのかの選択です。
マクロレンズは、「寄れる」代わりに、F値が暗いです。
マクロは明るくても開放F2.8がほとんどです。
それに比べてマクロではない「普通の」単焦点レンズだと、開放F値はF2やF1.4だったりします。
逆に、普通の単焦点レンズは「明るい」代わりに、マクロほど寄れません。
つまり、普通のレンズかマクロレンズかの選択は、「明るい」レンズを取るのか「寄れる」レンズを取るのかの二者択一ということです。
「最短撮影距離」が短いことの威力
レンズが「明るい」ことのアドバンテージについては、皆さん先刻ご承知のことでしょう。
(あるいはこちらもご参照ください↓)
しかし、「寄れる」ということ、つまり「最短撮影距離が短い」ということは、そんなに大事なことでしょうか?
ここが大事でなければ、マクロを導入する意味がありません。
これを知るのは簡単です。
あなたが今まで撮影をしていて、被写体が近すぎてピントが合わなくてシャッターが切れなかった経験はありませんか?
合焦マークがピコピコ点滅して(ピントが合わず)、シャッター全押ししてもシャッターが切れなかった、という経験はありませんか?
これが皆無ということであれば、マクロを導入する必要はありません。
明るいレンズなりズームレンズを導入するのが賢明でしょう。
しかしこの「ピコピコしてシャッター切れず」のもどかしい経験のある方。
あるいは上体をのけぞらせて合焦範囲まで下がりすぎたおかげで腰を痛めた経験のある方は、マクロレンズを考慮すべきです。
「寄りたい時に、寄りたいところまで寄れる」
これがいかにストレスフリーな撮影をもたらすかは、そんな経験がある方には簡単すぎるほど簡単に理解できるかと思います。
この撮影の流れに水を差す「合焦マークの点滅」。
コレに悩まされた経験のある方は、すべからくマクロレンズを検討すべし、であります。
普段使いのマクロとは
さて、普段の撮影でもマクロ域まで寄りたいという場面は意外とあります。
「あっ」と目についた部分にグッと寄りたい時や、もう一歩踏み込みたい時。
この「最短付近のせめぎ合い」みたいなことは、普段の撮影でもちょいちょいありはしませんか?
「あともうちょっとでいいんだけど寄れんか?ダメか?」というせめぎ合い。
あれがマクロレンズによってスッキリ解決するわけです。
むしろ筆者にとってマクロレンズとは、花や昆虫を撮るレンズではなく、普段の撮影に使うレンズです。
撮影バリエーションを増やす意味でのマクロレンズ
そして、撮影バリエーションを増やす意味でも、マクロレンズでしか撮れない近接範囲の撮影は貴重なカットをもたらしてくれます。
一般的に撮影バリエーションとして撮っておいたほうがいい絵は「全景」と「パーツ・ディテール」です。
この「パーツ・ディテール」の絵を撮る際に、マクロレンズは活躍します。
普段のスナップ撮影でも、このようなセミの抜け殻みたいなパーツ・ディテールを撮っておくと、「ああ、夏の終わりだな」みたいな余韻がしみじみと増幅されて、アルバムに添えるにあたっても大変結構な効果をもたらしてくれるわけです。
ベストなマクロレンズの焦点距離は?
一口にマクロレンズといっても、いろいろな焦点距離がラインナップされています。
この中で、普段使うにはどの焦点距離を選べばいいのでしょうか?
中望遠の理由
普段の撮影に加えるならば、ズバリ100mm程度の中望遠がオススメです。
50mm付近の標準だと、まずワーキングディスタンスが稼げません。
そして標準だと普通の単焦点レンズにおいてF1.4といったかなり明るいレンズが安価に存在するので、「寄れる」か「明るさ」かの選択となった場合に、「明るさ」を取る理由のほうが大きくなってしまいます。
逆に、200mm程度の望遠になってしまうと、ブレの影響も大きくなり、画角も極端に狭くなるので、それを使いこなすにはそれなりの使い方をしなくてはいけません。
それこそ本当の「特殊レンズ」になってしまいます。
しかし中望遠域であれば、それなりにワーキングディスタンスも稼げて、画角もそこまで極端ではありません。
そして、明るさとの比較でレンズを選択する場合、中望遠単焦点レンズの開放F値は一般的にF2.0程度なので、マクロのF2.8と比べてその差は1段程度です。
それなら「明るさ」を選択するよりも、「寄れる」を選択してもいいかなと思えます。
50mmなどの「F1.4」だと、2段差なので「明るい」ほうを選択したくもなりますが、中望遠ならそうでもありません。
効率よく各レンズに機能を与える
そして、「明るさ」なら「標準+F1.4」、「寄り」なら「中望遠+マクロ」、と、各レンズにプラスαの機能を付与することによって、少ない本数で幅広いカバー力を持ったレンズ構成にすることができます。
つまり「明るい」を担当するのを、安価でより明るいレンズが存在する標準、明るさではかなわないがワーキングディスタンスも稼げる中望遠は「寄り」担当と、実情に合わせてレンズをラインナップするのです。
もちろん、毎度毎度あらゆるレンズを全て持ち歩けるなら何の問題もありませんが、基本的に持ち歩く機材の重さと撮影時の気分の重さは比例します。
そんな時に、1つの機材に複数の機能を持たせることによって、機材を軽くすることができます。
まとめ
というわけで、マクロレンズは「特殊なレンズ」ではなく、「普通のレンズ」と捉え直してみてはいかがでしょうか。
マクロは普通よりただ寄れるだけです。
特に被写体に近づきすぎて、合焦マークが頻繁にピコピコ点滅していた方にオススメです。
そしてそんな、頻繁にピコピコさせている方は、ある意味写真撮影に向いているとも言えます。
なぜなら、「もっと寄りたい」という衝動は、写真撮影においては歓迎すべき衝動だからです。
「もっと寄りたい」、あるいは逆に「もっと引きたい」。
この撮影距離に対する「もっと」が、すなわち撮影カットのバラエティーです。
そしてそれに応えてくれるのがマクロレンズです。
そういう意味でマクロレンズは、どなたにとっても「必携レンズ」と言ってもいいかもしれません。
そうです。
マクロはもはや「普通」に使いましょう。