「AF-S NIKKOR 105mm f/1.4E ED」から読み解く「ハイファイ」なレンズとは

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AF-S NIKKOR 105mm f1.4E ED

ニコンから新しいレンズ、「AF-S NIKKOR 105mm f/1.4E ED」が発表されました。

105mmでF1.4の明るさなんて聞いたことがありません

それもそのはず、なにしろ世界初です。

3桁ミリでF1.4なんて衝撃的であると同時に、そんな時代が来たかと感慨深いものがあります。

これはニコンの新しいレンズ設計の指針「三次元的ハイファイ」によって作られたレンズの第二弾です。(第一弾は「AF-S NIKKOR 58mm f/1.4G」)

今回はこのニコンの「AF-S NIKKOR 105mm f/1.4E ED」をネタに、新しい時代の新しいレンズについて考察してみましょう。

レンズ業界もどんどん進化しています。

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105mmとは!?

しかし、105mmとは微妙に半端な焦点距離です。

キリよく100mmでいいじゃん、と思いますが、なぜかニコンのレンズは100mmではなくてすべて105mmですね。

例えば標準レンズの場合、昔は50mmでは大口径化が難しかったため、55mmとか58mmとかいう半端な焦点距離が存在しますが、そういう名残かもしれません。

そういえば同じニコンから先に発売された「AF-S NIKKOR 58mm f/1.4G」も、これまた微妙に半端な「58mm」です。

このあたりは伝統を大事にするニコンらしさかもしれません。

マニュアル時代からのレンズマウントがいまだに使えるのは、ニコンとライカくらいなもんですから。

三次元的ハイファイ

さて、この「AF-S NIKKOR 105mm f/1.4E ED」は、ニコンのレンズ設計の新しい指針「三次元的ハイファイ」をもとに設計されたレンズです。

この「三次元的ハイファイ」とは、いままでの、「平面」の解像度やコントラストを見るだけの評価方法ではなく、前後のボケを含めた「立体的」な描写力で評価しようというものです。

少し前なら、ニコンのレンズといえば「カリカリ」と形容されるように、まさに解像力至上主義的な印象でしたから、時代は変わるものです。

しかし、ボケを含めたレンズの設計はどのメーカーでも昔からやっていることであり、特に目新しいことではありません。

特にミノルタなどは、「ボケのためのレンズ」STF135mmF2.8なんてレンズをリリースしています。

しかし、「三次元的ハイファイ」などという新しい言葉で言われると、なんだかスゴそうに思えるから、言葉の力とは大したもんです。モノは言いようです。

とは言え、ニコンがあえてこの新しい言葉で表現するのには意味があります。

それは、新型のレンズ計測装置「OPTIA」、および専用の画像シュミレーターを設計に利用したレンズ、だからです。

「ハイファイ」とは

ちなみに「ハイファイ」とは「High Fidelity」の略で、高忠実度、高再現性というような意味です。原音をどれだけ忠実に再現するかというオーディオ用語からの転用ですね。

レンズも言ってみれば、原像をカメラのセンサー上にどれだけ忠実に再現するかという意味で、オーディオ機器に近いものがあります。

そんなわけで、解像力の測定に使うチャートの1mmあたりの線数を「空間周波数」と言ったりもしますね。

「OPTIA」と三次元的ハイファイ

さて、ニコンは「OPTIA」と呼ばれる、カメラ用交換レンズの計測装置を開発しました。

これはカメラ用レンズの「収差」をはじめとするあらゆる性能の測定ができるものです。

また、同時に専用の画像シュミレーターを開発し、設計段階で、どのような写りになるのかを完璧にシュミレートできるようになりました。

これによって、「収差」をはじめとするレンズの特徴と「写り」の関係を把握することができます。

それはつまり、レンズ製作において、収差をコントロールすることによって「写り」をより的確にコントロールできるようになった、ということです。

計測装置やシュミレーターなどは、どこのメーカーでも導入しているはずですが、ニコンの新しい計測装置は、得意とする半導体露光装置の技術をカメラ用に応用した「画期的な装置」だそうです。

参考:デジタル一眼レフカメラ用、およびレンズ交換式アドバンストカメラ「Nikon 1」用レンズの開発に、新技術を導入(外部サイト)

ニコンでも「次世代型」と言っていますし、OPTIAと専用シュミレーターによってレンズ製作は新たな次元に突入した、ということでしょう。

レンズ設計とコンピューター

ちなみにレンズ設計においては、入射した光がどのような経路をたどって、どのように焦点面に到達するかの「光線追跡」と呼ばれる計算が不可欠です。

コンピューターのない時代はもちろん手計算ですが、7桁の計算精度が必要で、レンズ面が10面あれば、熟練した人でも1本の光線を計算するのに1時間かかったと言われます。

この光線を何十本分か計算し、それを踏まえたうえで修正を施し、さらにまた計算する。

これを何十回、何百回と繰り返すわけですから、まさに気が遠くなる作業です。

そのため、レンズ設計のために軍隊から砲弾の弾道計算のスペシャリストが派遣されるようなこともありました。

そんな時代から考えると、まさに何億倍の進化ですね。

ズームレンズのような複雑な構成も、コンピューターによって初めて実現可能になったわけです。

現代のレンズ設計はコンピューター抜きには考えられないものであり、その技術も日々進化しています。

その最先端の一つが、「OPTIA」であり、画像シュミレーターというわけです。

技術とセンス

しかし、レンズのあらゆる特性を捉えることができたとしても、それをどう生かすかには結局人間のセンスが問われます。

また、シュミレーターによって、事前にどんな写りになるのかがわかったとしても、どの写りを「良し」とするのかの判断も、結局人間です。

つまるところ、技術は便利な状況を作ってはくれますが、最終的な判断は人間のセンスです。

昔のレンズであれば、設計者はすべての状態を把握できるわけではなかったので、いわゆる「銘玉」と呼ばれるレンズも、偶然の産物である部分も大きいわけです。

「ズミクロンは8枚玉がどうのこうの…」ということも、設計者の意図とは関係ないはずです。

しかし、OPTIAの時代になり、設計者が全ての状態を把握できるようになると、より、設計者の意図が大きな意味を持ちます。

レンズの性能は、「たまたまそうなった」のではなく、設計者の(あるいは会社の)「明確な意図が働いた結果」となるからです。

再び「AF-S NIKKOR 105mm f/1.4E ED」

さてそれでは、「AF-S NIKKOR 105mm f/1.4E ED」は、どのような意図で作られているのでしょうか。

それは、「無限遠(遠景)はシャープに、近景になるほどボケをなだらかに」というものです。

撮影距離によって収差の出方に差があることは前回も書きましたが、それを逆手に取って撮影距離によって描写を変えるという発想です。

ライカの「アポ・ズミクロンM F2/50mm ASPH.」が、フローティングによってどの撮影距離でも均質な画面を目指したのとは好対照です。

このあたりが写真レンズの面白いところです。

作り手の思想・哲学によって、全く対照的なレンズが作られ、それぞれが受け入れられる。

この多様性が面白いところであり、悩ましいところ(お財布的に)でもあります。

実用的か理想的か

しかしこの「無限遠(遠景)はシャープに、近景になるほどボケをなだらかに」は、かなり現実に即した発想です。

なぜなら大体の場合において、風景などを撮る遠景はシャープに写って欲しく、人物などを撮る近景は、周囲のボケが大事だからです。

実際に使う場面に即して作ったという意味で、ニコンのレンズは「実用的」と言ってもいいでしょう。

それに対して、ライカのアポ・ズミクロンは「理想的」と言えるでしょう。実用どうこうよりも、レンズの理想の姿を追い求めるという意味で。

「市場のニーズがどうということではなく、ライカの技術力でどこまでできるかにチャレンジした商品」であると、設計者のピーター・カルベ氏も語っていました。

参考:「アポ・ズミクロンM F2/50mm ASPH.」とライカMレンズの特徴

そこにはメーカーの姿勢の違いもあり、日本とドイツという国民性の違いもあるでしょう。

何はともあれ、様々な選択肢が用意されていることは、我々ユーザーにとっては歓迎すべきことですね。

技術の進歩と新しいロマン

さて、技術の進歩によりレンズ設計は、よりコントローラブルなものになりました。

求める性能をより的確に実現できるようになったのです。

ニコンの「AF-S NIKKOR 105mm f/1.4E ED」は、そんな設計者の意図を明確に反映したレンズの一つです。

これは、昔のカンや経験がものを言うレンズ設計では、到底なしえなかった成果の一つです。

しかし、全ての要素が人間の意図の範囲内に収まってしまうことについて、なんだかつまらないとお思いですか?

いわゆるオールドレンズのような「意図しない写り」に、何かロマンのようなものを感じていましたか?

残念ながらそういう時代は終わりを告げてしまいました。

しかし、これからの時代は、また別のロマンが始まります。

それはレンズ設計の正道である、まさしく「ハイ・フィデリティ」つまり、「原像忠実」です。

見たままを見たとおりに画像にする。これはレンズ設計の正道であり、本来夢見るべきレンズです。

日本のコシナのように、あえて収差を残したりシングルコーティングによってクラシカルな写りを再現してくれるメーカーもありますので、そちらの楽しみももちろん途絶えるわけではありません。

しかし、技術の進歩によって、真の意味でのレンズのハイファイ化をどんどん推し進めることも可能です。

これが新しい時代の新しいロマンです。

聞こえなかった音が聞こえるのがオーディオにおけるハイファイの喜びのように、見えなかったものが見えるのもまた、写真におけるハイファイの喜びです。

真の「ハイファイ」を

ニコンにおける「三次元的ハイファイ」は、今はまだマーケティング上のキャッチコピーのようなニュアンスがあります。

ストレートに「写りそのもの」を訴求するのではなく、無限遠と近景における収差のコントロールという、なにか「テクニカルな要素」をメッセージの主眼にしているからです。

言わば直球ではなく変化球です。

まだマーケットが成熟してないということもあるでしょう。

そういう「ギミック的」要素に反応する市場であることもまた事実ではあります。

しかし、ニコンの技術力によってOPTIAや画像シュミレーターなど、本来の意味での「ハイファイ」を目指すための役者は揃いました。

アポ・ズミクロンM F2/50mm ASPH.」は、ライカというエースピッチャーの、キャッチャーの要求を無視した、渾身のストレートです。

その球威にスタンドは色めき立っています。(価格にも)

日本を代表する光学メーカーにも、ぜひ本物のストレートを見せてもらいたい。

直球勝負は野球だけじゃなく、レンズ製作においてもロマンであります

日本のエースの直球勝負を、スタンドから期待をこめて見守っているのは私だけではないはずです。