コダックのエクタクロームが復活するそうですね。
「エクタクローム」とはコダック社のポジフィルムの銘柄ですが、ここ最近何気にフィルム写真が盛り上がりを見せています。
フィルムにはデジタルにはない独特の「味」や、モノとしての「質感」みたいなものがあって、デジタル全盛の今でも、熱心なファンが結構いますね。
かく言う私もその一人で、今はネガですが、かつてはEPRというエクタクロームの感度64のポジフィルムを愛用していました。
あれは本当に感動的な画質で、初めてライトボックスでその画像を見たときの感動はおそらく一生忘れません。
「息をのむ」という表現がありますが、まさしくアレです。
今までの人生で何回「息をのんだ」かは分かりませんが、EPRは間違いなくその内の一つです。
(ちなみに、EPRでしか撮らない、みたいなこと言っていたのは篠山紀信でしたっけ?)
そう、確かにフィルムには、そんなデジタルでは味わうことのない魅力や感動がありました。
というわけで今回は、フィルム写真とその仕組みを解説します。
フィルム写真は、デジタルとはまるっきり違った仕組みで稼動していますので、デジタルに慣れた感覚からするとかなり独特かもしれません。
しかし、その仕組みを理解しておくと、アナログ写真そのもの、ひいては写真そのものに対する理解も深まるでしょう。
デジタル写真もやはり、アナログ写真の流れの上に構築されている部分も多いものです。
デジタルしか知らない方はもちろん、これからフィルムを始めてみようという方、またすでにフィルムでバリバリ撮影されている方も、ぜひ今回の記事を参考にしてみてください。
(過去にはこんな記事もありました↓)
photo:wikipedia
目次
ネガフィルムの特徴
フィルムが画像を記録する仕組みは独特です。
その全体像の理解のために、まずは全てのフィルムの基本となる「モノクロネガ」から入っていきましょう。
フィルムが画像を記録する仕組み(モノクロネガ編)
フィルム写真のことを「銀塩写真」などと言ったりしますが、これは「ハロゲン化銀」という光に反応する薬品を使っていることに起因しますね。
フィルムにはこの「ハロゲン化銀」を含んだ「乳剤」と呼ばれる薬品が塗られていて、そこに光が当たると、当たった部分は反応し、当たらない部分には変化が起きません。
そして現像処理することによって、光が当たった部分が黒く残り、当たらなかった部分は洗い流されます。
最終的に、光が当たった(=明るい)部分は黒く(=暗く)、光が当たらなかった(=暗い)部分は、薬品が洗い流されて素抜け、つまりフィルムベース丸出しの透明になります。
つまりフィルム上には、元画像の明るかった部分は暗くなって記録され、暗かった部分は明るくなって記録されます。
photo:Guwashi999
つまり、フィルム上には「反転画像」として記録されるわけです。
そして、この反転画像のことを「ネガ像」といいます。
「ネガ」とは、英語の「negative」(ネガティブ)のネガです。
「negative」には「負の」とか「陰極の」という意味もあります。
本来の画像を「正像」とすれば、ネガ像は「負の像」というわけです。
また、ネガ像のことを「陰画」と言ったりもしますね。
この逆転現象は、フィルムで使用する化学物質が、「光に当たった部分が反応する」という特性を持っていることから来る宿命とも言えます。
フィルムの仕組みには、この「陰陽逆転する」という要素が、まず根本としてあります。
モノクロフィルムの感色性
ちなみにフィルムで使用ハロゲン化銀は、もともと青色にしか感光しません。
しかしそれでは、純粋な輝度の記録とはならず、フィルム上の輝度が被写体の「色」に左右されてしまうことになります。
照度計で測ると同じ明るさであったとしても、その「色」が青なのか赤なのかによって、フィルムに記録される際に差が出てしまう、ということですね。
そこでモノクロフィルムは、色素増感という方法によって、より波長の長い色にも感光するように改良されました。
感光する色を黄色まで伸ばしたものを「オルソクロマチック」、赤(つまり可視光全域)まで伸ばしたものを「パンクロマチック」と言います。
(ちなみに、もともとの青色のみに感光するのは「レギュラー」です)
(色そのものについては、こちらの記事もどうぞ↓)
モノクロフィルムは現在、可視光全域に感光するパンクロが標準ですが、まだパンクロが無かった時代は、ポートレートにもオルソが使われていました。
しかしオルソだと赤い光には反応しません。
つまり、画像の赤い部分は写真になると黒く写ってしまうのです。
ポートレートの場合、頬紅などをつけていると、その部分が黒く陥没したように見えてしまうということです。
ですから、その時代の写真撮影においては、基本的に頬紅はNGでした。
今の感覚からしたら、むしろ「逆」ですが、そんな逆転現象も、フィルム写真の逆転現象に歩調を合わせるようで、なんだか面白いですね。
フィルムが画像を記録する仕組み(カラーネガ編)
さて次にカラーネガ編です。
カラーの仕組みは、基本的にモノクロの仕組みの応用です。
カラーでは、モノクロと同じことを、光の三原色、つまりR(レッド)G(グリーン)B(ブルー)において行います。
つまり、カラーフィルムは原理的には3層構造になっていて、RGBそれぞれの波長を個別に感光させる、ということです。
そして、光の強弱が反転されて記録されるのと同じように、色についても反転されて記録されます。
すなわち、赤い光(R)に反応する層は、その補色である「シアン」に発色し、緑の光(G)に反応する層は、その補色である「マゼンタ」に発色し、青い光(B)に反応する層は、その補色である「イエロー」に発色します。
補色というのは、混ぜるとお互い打ち消しあってグレー(無彩色)になるという色、つまり「反対色」ということですね。
これによって、色も反対、明暗も反対という「カラーのネガ像」が出来上がります。
ちなみに、カラーネガフィルムは、ベースの色がオレンジがかっていますが、これは、グリーンの感色層とレッドの感色層が、どうしてもそれより下の波長の色にも反応してしまうため、それら余分な色の補正処理でオレンジになっているみたいですね。
反転画像を正常な画像に戻すには
さて、モノクロであってもカラーであっても、フィルム上には本来の画像とは真反対の画像として記録されました。
これらを正常な画像として見るにはどうしたらいいのかというと、その180°反転した画像をさらに180°反転させて0に戻す、ということです。
フィルムベースは光を透過する素材で出来ていますので、その画像のフィルムに光をあててその絵を投影し、その投影した反転画像を印画紙にあて、その印画紙を現像することによって、本来の絵を得るということです。
それは、最初に撮影した画像を再び撮影することによって元の画像に戻す、とも言えます。
最初はフィルムに撮影しましたが、今度は印画紙に撮影する、ということですね。
そうです、印画紙も結局は、モノとしてはフィルムと同じです。
フィルムと同じように乳剤が塗ってあるモノで、その塗ってあるベース(支持体)が紙か透過フィルムかという違いだけです。基本的に。
ですからもちろん、フィルムと同じく、露光によって化学変化を起こし、それを現像することによって、画像を得ます。
モノ自体フィルムと同じモノなので、やることもフィルムに対して行うことと同じです。
もちろんフィルムと同じく、光が当たった部分は黒く、当たらなかった部分は白く(つまり紙の地の色に)なります。
そして、印画紙上に露光させる絵は「ネガ画像」でした。
白黒逆転、色も逆転した反転画像です。
すなわち反転画像が印画紙上で反転されて、正像に戻る、ということです。
元画像の白は、ネガ上では反転されて黒になり、さらに印画紙上で反転されて元の白に戻る、というわけです。
カラーの場合も、反転した色がさらに反転されて、正常な色に戻るというわけです。
この「反転」+「反転」が、フィルム写真の根本です。
すなわち、フィルム写真は、記録は必ず「反転」によって行われるので、正しい像を見るには、必ずもう1度反転、つまり「計2度の反転」が必要ということです。
アナログ写真における「レタッチ」
さて、フィルム写真の仕組みの根本は「2度の反転」ということでしたが、その「反転中」に、写真に対して手を加える余地が生じます。
たとえば、ネガから印画紙に「反転させて」プリントする際、投影する絵は拡大率を自由に選択できますので、小さなネガからも、好きな大きさでプリントできます。(もちろん拡大すれば画質はその分落ちますが)
また、「焼き込み」「覆い焼き」といって、フィルムの絵を印画紙に露光中に、手をかざしたり、穴の空いた紙をかざしたりして、部分的に露光を足したり引いたりする操作もできます。
例えば、ネガ上で白すぎる部分は印画紙上で黒すぎる部分になるので、その白すぎる部分を露光中に遮って、プリント上で黒くなりすぎるのを防ぐ、というような操作です。
それを、一枚の写真の中の、部分ごとに行うのです。
これによって写真全体の階調を細かく整えることができます。
そんな実際に「手」を使って「写真」を形作るさまは、陶芸家が粘土をこねて形を作る動作に近いものがあります。
アナログプリントのことを「手焼きプリント」などと言ったりしますが、それは文字通り「手」で焼くのです。
そうやって出来上がったオリジナルプリントは、全く同じものをもう一度作ることは出来ません。
文字通り「一点モノ」です。
このあたりが全く同じものをいくらでも複製できるデジタルとは違います。
アナログ写真が「工芸的」とも言われるゆえんですね。
そしてカラーの場合は、露光に使う光にフィルターによって色をつけることで、印画紙上に当たる光のカラーバランスを操作したりします。
これによって最終的な完成品となる印画紙上の写真の色味が調整できます。
さらには現像液の種類や現像時間、現像方法、またそもそもフィルムやペーパーの選択によってコントラストや色味、粒状感を操作できますし、このあと紹介する「クロス現像」によって、ダイナミックに絵柄を変更することもできます。
と、その「反転中」にはいろんな操作が可能ですが、そういう操作は基本的に余計な光が感剤に影響を及ぼさないように、暗い部屋で行われました。
いわゆる「暗室」です。
ですからそれらの操作は「暗室ワーク」などと呼ばれます。
ちなみにモノクロの暗室は「赤い光」で照らされている印象があるかと思いますが、それは印画紙の乳剤が基本オルソまでなので、赤い光に反応しないように出来ているからです。
全暗黒で作業しないで済むように、そういう配慮がされています。
そして、デジタルの時代の今日では、それらの操作はコンピュータ上で明るい部屋のもとで行えます。
アドビのRAW現像ソフトに「ライトルーム」ってのがありますが、それはつまり「ダークルーム(暗室)」の反対、「明るい部屋」というネーミングです。
「ライトルーム」のネーミングには、そういう過去の暗室ワークへのオマージュと、暗い部屋から作業者を解放したという、技術の進歩に対する自負が込められています。
アナログからデジタルへの転換には、そんな作業環境の「暗」から「明」への「反転」も含まれていました。
ポジフィルムの特徴
さて上記は、フィルムの種類で言うと「ネガフィルム」と呼ばれるものです。
ネガフィルムのネガは「ネガティブ」(negative)のネガでしたね。
ではその逆の「ポジティブ」なフィルムもあるのかと言えば、それはあります。
それが「ポジフィルム」です。
そのまんまですね。(笑)
ネガは「陰画」であり反転画像でしたから、その反対ということは「陽画」であり、フィルム上で見た目通りの正しい画像が得られる、ということです。
photo:Guwashi999
「ポジ」フィルムを形作るのは、主にその「現像方法」です。
その仕組みは、まずは普通に現像して露光部分を金属銀に変化させ(ここはモノクロの現像と一緒)、その後に本来未露光だった部分を化学的に反応させ、そこに対して発色現像を行う、というものです。
つまりフィルム現像時に、反転した画像を「さらに反転させて」、現像時にいっぺんに正の画像にしてしまう、ということです。
ハロゲン化銀という化学物質の性質上、画像は反転するしかないので、正の画像を得るためには、それをさらに反転させるというややこしい手順を踏むしかないのです。
そしてその現像方法のことを「リバーサル現像」と言います。
「リバーサル」(reversal)とは「反転」という意味です。
ここがフィルム写真の面白いところで、ネガのように1度反転することをあえて反転とは言わないのです。
フィルム写真において、ただの「反転」は当たり前のことです。
そうではなく、その「反転」をさらに「反転」させるときに、初めて「反転(reversal)」という言葉が出てくるのです。
フィルム写真では、2度反転させて、はじめて「反転」なのです。
このあたりが、「反転」が基本であるフィルム写真の特性をよく表しています。
ポジフィルムの「呼び名」
ちなみに、ポジフィルムは別名「リバーサルフィルム」とも呼ばれていますが、それはこの「リバーサル現像」という「現像方法」からきていますね。
また、ポジフィルムには「スライドフィルム」という呼び名もありますが、これはスライド映写機にかけて鑑賞するという、その「使い方」からきていますね。
そして言うまでもなく、「ポジフィルム」は、得られる像が見た目通りの「正像」であることからきています。
同じものを3種類の言い方で言っているわけですね。
クロス現像
ちなみに、カラーネガフィルムの現像処方は「C-41」と呼ばれており、カラーポジフィルムの現像処方は「E-6」と呼ばれています。(この呼び方はコダック社のものですが、業界のデファクトスタンダードになっています)
そして、ネガをE-6の、本来ポジを現像する処方で現像すること、あるいはポジをC-41の、本来ネガを現像する処方で現像することを「クロス現像」と言います。
その結果はどうなるでしょうか?
結果は、ネガをE-6で現像するとポジ像が得られ、ポジをC-41で現像するとネガ像が得られます。
つまり、「ネガ」か「ポジ」かということは、「フィルム」に依存するわけではなく、「現像」に依存するということです。
なぜかというと、銀塩フィルムである以上、その化学変化は「光が当たった」所が反応するというもので、その構造自体はネガだろうがポジだろうが一緒です。
違いは、その「反転した潜像(未現像の状態)」をストレートに現像して、そのまま「反転した画像」にするのか、その反転をさらに反転して「普通に見られる画像」にするのかの違いです。
もちろんそれぞれのフィルムは、その最終目的に特化して作られていますので、ネガフィルムをポジ現像したからといって、本来のポジフィルムと同じようにキレイに仕上がるわけではありませんし、その逆もしかりです。
しかし、ポジをネガ現像する場合は、そのキレイには仕上がらない「乱れっぷり」が面白いということで、あえてクロス現像によって特殊効果を狙う場合もあります。
photo:Cameron Russell
この、「予測不可能な乱れっぷり」も、アナログなフィルムならではの面白さのひとつです。
写真撮影用フィルムの種類
というわけで、ごく大まかに言うと、写真用フィルムというものは(印画紙も含めて)「ハロゲン化銀の乳剤を用いた物」というただの1種類しかないのです。
そして、それをネガ現像するのか、ポジ現像するのかによってまず、「モノクロネガ」と「モノクロポジ」を得ます。
(モノクロポジっていうのはあまり一般的ではないですが、あることはあります)
そして、モノクロでは可視光線の全域を1層の乳剤層で対応していましたが、それを、光の三原色、つまりR(レッド)G(グリーン)B(ブルー)と個別に行うことによって、カラーに対応することができます。
つまり、写真撮影用フィルムは「ネガ」と「ポジ」それから「カラー」と「モノクロ」の組み合わせによって構成されている、というわけです。
表にすると以下ですね。
カラー | モノクロ | |
---|---|---|
ネガ現像 | カラーネガフィルム | モノクロネガフィルム |
ポジ現像 | カラーポジフィルム | モノクロポジフィルム |
まとめ
今回は、写真用フィルムの種類とその仕組みについて解説しました。
フィルム写真は、光に当たると変化するという、ハロゲン化銀の特性そのものによって出来上がっています。
光が強ければ強いほど、フィルム上でその部分は黒くなる。
すなわち、その特徴の基本をなすのは「反転」です。
「反転」は言ってみれば、ハロゲン化銀を使っているフィルム写真にとって「宿命」です。
ですから、これを正像として鑑賞するには、必ず最初の反転に加えてもう1度反転、つまり計2度の反転が必要です。
その2度の反転は、「ネガ」→「プリント」と分ける方法と、「ポジ」のように現像時に1度でやってしまう方法の、2パターンがあります。
言ってしまえば、これがフィルム写真の全てです。
フィルム写真もその特徴と全体像をつかむと、あっけないほど簡単です。
フィルム写真の面白さ
この、ハロゲン化銀のような感剤を用いる方法は、写真が始まったころからの伝統的な方法です。
先人たちの知恵と工夫が詰まった、このフィルム写真は、デジタルが当たり前の今でも、止むことなく続いています。
そこには「便利さ」だけではない、何か特別な魅力があるからでしょう。
確かに「情報」として画像が扱われる現在、レンズと化学物質という、電気を使わずに「モノ」だけで画像が形成できてしまうことが、ほとんど不思議ですらあります。
画像が「情報」として高度なコントロール下にある現代、そんな「ロマン」をもたらしてくれるフィルム写真が、ますます価値を高めている。
昨今のフィルム写真の盛り上がりの背景には、そんな事情があるのではないかと想像する次第です。
ですからデジタルユーザーの皆さん。
写真にはデジタルの便利さ、多彩さに加えて、このようなロマンチックな選択肢が用意されていることも、ぜひ覚えておいてください。