プロカメラマンは個性を生かすべきか殺すべきか、という問題

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プロフェッショナル・フォトグラファー

さて、こちらの記事、

プロカメラマンと、写真がうまいアマチュアの写真は一体どう違うのか?

は、本ブログのなかで相変わらずよく読まれています。ありがとうございます。

よほどニーズのあるトピックなのでしょう。

そこで今回は「フォローアップ編」といたしまして、読者のみなさまからのご意見に応える形で記事を書きたいと思います。

今回はいただいたご意見の中から、

  • 「自分を殺すことがプロの仕事ではない、自分を生かしてこそプロである」
  • 「この文章だとプロカメラマンは撮影を楽しんでいないかに見える、撮影を楽しんでいるプロカメラマンもたくさんいる」

という2点を取り上げてみたいと思います。

photo:Andrew Parkinson

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まず最初に

まず最初に、「プロカメラマンは自分の意向よりクライアントの意向を尊重しなければならない」とは書きましたが、「自分を殺さなきゃいけない」とか「プロカメラマンの仕事は面白くない」とは一言も書いていません。

「自分の意向より他人の意向を尊重」という部分が、イコール「自分を殺す」、イコール「楽しくない」と反射的に結びついてしまったのだと思いますが、もちろんそれはイコールではありません

他人の意向を尊重しながら「自分を生かす」こともできますし、他人の意向を尊重しながら「楽しむ」こともできます

前回はそういった写真を作る「過程」の話ではなく「結果」としての写真云々の話でしたので、今回は上記のご意見も踏まえて「過程」について云々したいと思います。

「結果」と「過程」のプライオリティ

まずそもそも、プロカメラマンの目的は、「所定の写真を納品すること」であって、「楽しむ」ことを納品するわけでも「自分を生かす」ことを納品するわけでもありません。

対価をいただけるのは「結果」としての「写真」に対してであって、「過程」としてのカメラマンが「楽しんだ」ことでも、「自分を生かしたこと」でもありません。

カメラマンが「楽しんだ」ことに対して200万円支払いますとか、カメラマンが「自分を生かした」ことに対して300万円支払いますなんてそれこそパラダイスです。(笑)パラダイス銀河です。

ですから、最も大事なのは「写真そのもの」であって、その写真の制作過程でカメラマンが「楽しんだ」とか「自分を生かした」とかいうことは別にどっちでもいいことです。

クライアントにしてみたら、ちゃんと所定の写真が手に入ればいいのであって、その過程でカメラマンが苦しもうが楽しもうが知ったこっちゃありません

逆に言うと、カメラマンが「楽しむ」ことによって写真のクオリティが下がるなら、それは「アウト」ですし、「苦しむ」ことによって写真のクオリティが上がるなら、それは「OK!」です。

要は“結果のため”の「過程」であって、「過程」そのものは目的でも何でもないということです。

目指すべき結果があるからこそ「過程」も存在でき、目指すべき結果なしに「過程」単体では存在し得ない点でも、優先順位は明らかです。

まずこの「結果」と「過程」の優先順位を間違えないようにしましょう。

「過程」の大切さ

ではなぜそんなに、「プロはクライアントの御用聞きではいけない、思いっきり自分らしさを発揮してこそプロとしての道がある」とか、「プロにとっても撮影を楽しむことは大事」といった「過程」が力説されるのか。

それは「過程」が大事だからです。(笑)

「なんだよおめー、さっき過程なんてどっちでもいいって言ったじゃんかよー!」

はい、言いました。

もちろんそれには条件がつきます。「他人にとって」です。

うまい料理屋で舌鼓を打つとき、その料理が卓に上った過程まで想像しますか??

単純に食べるだけですよね。

よしんば想像したとして、我々にとってそれは単なる想像以上の意味を持ちません。

しかし他人にとってはどうでもいい過程も、それを生み出す本人にとっては重要な意味を持ちます

なぜならその最重要とされる「結果」を生むのは「過程」だからです。

プロにとっての「結果」

プロにとっては、当然ながら「結果」が先です。

プロ野球選手が、どんなに充実した練習をしたとしても、試合でヒットが1本も打てなかったらそれは「戦力外通告」を意味します。

料理人が、どんなに素晴らしいレシピを開発したとしても、お客さんがそれに対してお金を払ってくれなかったら、それは「廃業」を意味します。

すなわち「結果」がでなければ、そもそもプロ自体が成立しないのです。

というわけで、当然ながら結果が先ではあります。

しかし、その結果を生むのは「過程」です。

最も重要な「結果」を生むために、どういう過程を踏めばいいのかという意味において、「過程」が重要なのです。

カメラマンの2パターン

一流のプロフェッショナルも過程の大切さを訴えていますね。

イチローしかり、羽生善治しかりです。

「結果」の話をしている前回の記事で、「過程」についてのリアクションが少なからず返ってくるのも、普段いかに「過程」のほうに意識がいっているかの表れだと思います。

さて、「結果」に結びつけるための「過程」。

頂いたご意見のように、「自分らしさを発揮する」のもひとつの手でしょうし、「楽しむ」というのもひとつの手かもしれません。

ここでひとつ、カメラマンにおける「自分の好きな仕事だけをするべきか、どんな仕事でも受けるべきか」という問題を取り上げましょう。

まず、カメラマンを2パターンに分けます。

  1. 自分らしさが生かせる仕事、楽しめる仕事しかしない(=仕事数は少ないが内容は充実)
  2. 自分らしさを殺して、お客さんの言われたとおりにどんな仕事でもする(=仕事数は多いが内容が苦痛)

もちろん一概には言えませんが、思い当たるフシがありはしませんか?

1.が理想ではあるけれど、それでは食っていけないので2.というパターンも多いのではないですか?

しかし、なんだかんだ言って1.も2.も最上とは言えません。

  1. は仕事内容は充実するかもしれませんが、仕事数が少ないし、そもそも難易度が高い。
  2. は仕事数は充実するかもしれませんが、仕事内容が苦痛な場合も多い。

では、両者をミックスしましょう。

自分らしさを殺して自分を生かす、お客さんの言われたとおりにやりながら楽しむです。

こんなことって可能なのでしょうか?

「自分らしさ」ってなんだ!?

まず、「自分らしさ」って何でしょうか?

わがまま放題好き放題でしょうか?違いますよね。

「他とは違ったユニークな自分ならではの特徴」まあそんなところですよね。

なんでそれを生かしたいのですか?

そもそも、そこです。

なんで「他とは違ったユニークな自分ならではの特徴」に磨きをかけて、それを「存分に発揮したい」のですか?

「その方が売れると思うから」や「経営戦略上の理由で」は「やらされてる」であって「やりたい」ではありません。

「ごはんを食べたい」「あの子が好き」と同じレベルで「やりたい」と思いますか?

ただ、「個性を発揮」することがいいこと、「自分らしさ」を発揮することがいいことと世間では言われていて、盲目的にそれを鵜呑みにしているだけではありませんか?

それは「自分のやりたいようにするのが気持ちいい!」というのとは別な話ですよ。もちろん。

もう一度聞きますが、なんで「個性を発揮」したいのですか?

…。

どんな理由にも行き当たらないことに、改めて驚きを禁じ得ないのではないでしょうか。

最上の方針を実現する方法

「個性」なんて発揮する必要ないのです。お客さんが「そうしたい」と言ったら、そうしてあげたらいいのです。単純な話です。

そして「人の役に」立ってあげたらいいのです。それが本当の意味での「自分を生かす道」です。

「世の中に貢献」するほうが、「エゴを発揮」して自分だけが気持ちよくなるより、ずっと自分の存在に意味を感じます。そっちのほうがよっぽど「自分を生かす道」です。

自分の思い通りにやることが、自分を生かすことではありません。

「思い通りにやる」「自分のやり方でやる」そんなことにフォーカスを合わせる必要は全くないのです。

そもそもあなたがやっている以上、どう転んでも「あなたのやり方」ですし。

だいたい、「自分のやり方」にこだわったとして、それが何だというのでしょう。それ自体世の中に何の貢献もしてないし、「自分が気持ちいいから」?それは単なるエゴであって、何の自慢にもなりません。

世の中は「闘争の現場」ではありません。

頑張って頑張って、個性に磨きをかけて他との圧倒的な差別化を図って、価格競争に埋没しないように個性をトンがらせなければ…と考えるならば、それはただの幻想です。

世の中をそんな「自分の身を守るために必死に頑張る」ような闘争の現場にしてしまう必要はないのです。

好きに解釈できる世の中を、なにを好き好んで闘争の現場にすることがありましょうか。

「自分」なんてどうでもいいじゃないですか。

それよりも、お客さんの「ああしてほしい、こうしてほしい」に素直に応えてあげたらいいじゃないですか。だって「対価」をいただいてやっているわけでしょう?

その結果お客さんが喜んでギャラももらえたらバンバンザイじゃないですか。それでいいじゃないですか。イキんでエゴを主張するのとどっちがいいですか?そんなに「自分のやり方」って大事ですか?

世の中は「闘争の現場」ではなく「愛と融和のパラダイス」です。あ!やっぱりパラダイスでしたね。(笑)

そっちのほうがずっと楽に、気持ちよく楽しく仕事ができ、人の役に立つことにもなるし、それが結局「自分を生かす」ということにもつながります。

「自分らしさ(エゴ)を殺して自分を生かす、お客さんの言われたとおりにどんな仕事でもやりながら楽しむ」という、最上の方針。

やるのは簡単です。「ふつうに」やればいいだけです。

難しいのはきっと、「思い込み」を捨てることでしょう。

まとめ

さて少々アツく語りすぎてしまいましたが、もちろんこれも一つの「思い込み」であって、みなさんが真に受ける必要もありません

やはり、仕事に対する態度云々の話題はアツくなりがちで、アクセスが多いのも頷けます。(笑)

でも一個言えるのは、物事は「難しく考える方向」よりも「シンプルに考える方向」のほうが、うまくいくということです。

「そもそも何だべ?」と考えていけば、結論は意外とシンプルだったりします。

今回の結論は、要するに、「ごちゃごちゃ考えずに、ただやればいいじゃん」というものです。

これ以上ないくらいシンプルです。

そして突き詰めれば人生はシンプルです。

これまでに溜め込んだ「思い込み」によって、勝手に複雑になっているだけです。

「楽であること」「スムーズであること」そして「自分を生かすこと」は意外と通じているのですね。

しかしこのネタがそれだけアツく盛り上がるのは、やはり皆さんがまじめに仕事に取り組まれているからに他なりません。

このような真面目な仕事人が日本を支えているわけですから、日本は安泰だと言わなければなりませんね。

私もみなさんを見習って、まじめにブログ更新に取り組みたいと思います。しゃかりきコロンブスであります。

すなわちニーズの続く限りこのネタは続きます。(笑)

また会いましょう~!

最後に

というか「パラダイス銀河」の作詞作曲が「飛鳥涼」だとはじめて知りました!